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おもしろい話 ○うちの小学5年生の息子は床屋で後ろを刈り上げるのが死ぬほど嫌いだ。 先日床屋に連れていったら、大きな声で 「カラアゲにしないでください!」 と言っていた。 ○私の友人は、4ドアのスカイラインを2ドアと思い込み、助手席のドアを開け、シートを倒して後ろへ座ろうとした。 ○ついこの前高校を卒業したんですが、うちの担任、卒業式の前の日にすごいことを言いました。 「先生方にはお世話になったのだから、ちゃんとお礼参りに行って来るように」しかも、そのあとに、「みんな一気に行くと大変だから、一人ずつ行くように」とも言っていました。 ○まだ保育園の頃、工作しながら「のりしろ」って「ここにのりをしろ!」ってことなんだな、と思いながら糊をぬってました。 小学生になっても命令調でいやだなと思っていました。 ○小さい頃、友達の父親に、頑張ればかめはめ波が出せるようになると言われ、友達の家に泊まり込んで「かめはめ波合宿」をした(練習内容は腹筋と「はっ!」のかけごえの繰り返し)。 当然なにもでなかった。 ○車のウィンカーは、運転手の行き先を知っていて、曲がり角になると自動的にどちらへ曲がるか教えてくれると父親に教えられ、信じていた。ある日、曲がり角になってもウィンカーがつかなかったので「なんで?」ときいたところ、「お父さんが忘れた」と言われ、初めて本当のことを知った。 ↑私はウインカーは自分で消す物だと思ってました〜(苦笑) ○お母さんにやっとのことでたまごっちを教えてあげました。ある日家に戻ると「お母さんのたまごっちが天使に変身したわ!」と大喜びしていました。 見たら死んでました。 ↑知らないかもしれないけど、死んじゃうとお墓の上をふよふよ と、わっかを付けたものが浮いているのです。 ○子どもの頃、母におつかいを頼まれて近所のスーパーに行きました。 買ってきたものの中に水で戻すわかめがあったのですが、レシートを見たら 「フルエルワカメチャン」と書いてありました。 ^^^^^^^^ ↑いったいどんなワカメなんでしょう? ○ガチャッ「はい、××です。ただいま留守にしております。御用の方は、ピーという発信音の前にメッセージを録音して下さい」ピーィィィッ! 友人は、間違いを指摘されるまで、まったく気づいていませんでした。 ○小さい頃、ウルトラマンと怪獣が東京タワーの近くで戦っているのをテレビで見て、長崎に生まれてよかったと思っていた。 ○私の姉は幼少の頃、プロレスの「○○、ここでようやくタッチしました」という解説を、転んでいた選手が立ち上がったという意味だと思っていたらしい。 ○小学3年の時、父親に「この葉書は選挙券と言って選挙事務所に持って行ったら福引が出来るぞ」と言われずっと信じていた。 20歳の時、友達を誘ったらおもいっきり笑われた。 ○エイプリルフールということで、父親をだまそうとしたら逆に「あほか、エイプリルフールは今年から5月1日になったんだぞ」と言われ、思わず信じてしまった。 ○今の世代だったら、絶対にこんな問題は出ないと思いますが…。 小学校の低学年の頃の社会のテストで、 「お魚を売っているのはどこですか?」 「お肉を売っているのはどこですか?」 「野菜を売っているのはどこですか?」 という問題が出ました。私は、すべてに「さくらいストアー」と答えを書きました。 バツでした。 いまでも納得がいきません。 ○追い越し禁止の標識の、矢印がくねっとなったのを「酔っぱらい運転禁止」だと思っていた友人を知っている。 そんなもん、標識立てなくても、道路ぜーんぶ禁止じゃないか。 ○私は高校生になるまで道路の真ん中にある「中央分離帯」を海上自衛隊とか陸上自衛隊みたいに自衛隊の中にある組織だと思っていました。 「車が中央分離帯に突っ込んだ」 という話を聞くたびに少しはらはらしていました。 ↑中央分離隊、ね。一体どんな隊なんだろう? ○幼稚園の遠足で動物園に行ったとき、先生に「クジャクの羽はお昼の3時になったら開くのよ」と教えられた友人は、ハタチを過ぎて彼女ができたとき、動物園へ行って3時にクジャクの前で羽が開くのを待っていたそうです。 ○水を24時間かきまわすと水飴になると教えられてきた。 うそだとわかったのは小学校の高学年になってからだった。 最近、甥っこに同じ事を言ったら目を輝かせて聞いていたのでなんだか胸が痛くなった。 ○小さい頃、腕に注射を打つとき、オカンに「反対の腕をツネっておけば注射の痛みはわからへんよ」といわれ、注射のたびにツネられた。 両腕が痛くなっていた。 ○幼稚園の頃、祖父から新品の100円札をプレゼントされました。 もう100円玉に切り替わっていましたので、とても貴重なものでした。 大切に保管しようと母に相談したら、銀行に預ければいいよとのこと。 100円札で、私名義の口座を開きました。で、暫くたって、あのお札を眺めたくなったので、引きおろしてみたら、100円玉に変わっていました。 ○今朝のことです。小5の娘に「薬の錠剤ってどうやって作るの?」と聞かれ化学科出身の私がどうやって製造工程を教えようかと思案しているところにあらわれた義母が「そういうものは特許があって、マネされるといけないから会社は秘密にしているんだよ!」と言い放って去っていきました。 大人のだましテクニックを垣間見たと感じました。 ○中学の時、大好きな国語の先生の試験でどうしても1問だけ答えられなくて解答欄の上に「あぶりだし」と書いて提出したら、その先生はわざわざ薄墨であぶり出したように正解を書いて返してくれた。 先生のそういうとこが大好き。 ○「削」という文字を使って単語を書け、という問題があった。 皆、「添削」「削除」「削減」など書いていたが、私は「削り節」と書いたら、2点多くもらった。 ○中学生のとき、「好々爺」は何と読むかと先生に指されました。 「すきすきじじい」と答えました。 殴られました。 ○中学の時の地理の試験で、盆地の名前を答える問題がありました。 どんなに考えても思いだせないので、解答欄に「ザ」とだけ入れました。 ○夏目漱石の代表的な作品を三つ挙げよ、に「夏目漱石全集 上・中・下」と解答したやつがいた。 ○小学1年の時、「次の言葉の反対語(=対義語)を書きなさい」という問題で「おおい」の反対に「なんだい」と書きました。 ○国語のテストで『もしも 〜(なになに)なら』を使って単文を作れという問題に『もしもしならけんの人ですか』と答え、みごとに×がついていました。 ○小学校のころ、国語のテストで「〜らしい」をつかい、文を完成させなさいという問題が出たのですが、友人は「名犬らしいは賢い犬だ」と回答していました。 ○卒業式で父母に配布する印刷物の中に「合唱曲タンサイボー行進曲」と誤植があり、直前になって刷り直ししてもらったことがありました。 ○私の通っていた高校で「スポーツテスト」をなぜ実施しないのかと担任にきいたら、生徒計測および自己申告のため、「世界新記録」が続出したからだと教えてくれた。 ○知り合いのお子さんが学校で受けたテストに、 「おさかなは1ぴき2ひき、とりは1わ2わと数えます。では馬は?」 という問題があり、 「1ちゃく2ちゃく」 と解答してあったそうです。 ○「板垣退助が襲われて負傷したとき、言ったとされる有名な言葉は?」という問題。 答えは「板垣死すとも自由は死せず」なのですが、弟の解答欄には、「ぐはッ」と書かれていました。 |
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